根子町人形とは

[根子町人形(ねっこまち)とは]

    

根子町人形とは現在の福島県福島市清水町で江戸の後期から大正の初めまでおよそ120年ほど作られていた土人形です。

近世の清水町宿は奥州街道・福島宿(福島城下・福島市)と八丁目宿(福島市松川町)の間の宿でした。根子町の名前は伊達政宗がこの新道を見分した時に大樹の根が多いので命名した、という伝承があるのだそうです。根子町の名はすぐに清水町となるのですが、その後根子町の名は愛称として使われ続けます。(一般に読まれていた道中記などに根子町の名がみられます。諸国道中金の草鞋.6 上部に"根子町"とあります。)

 

[作られた経緯]

 

「時代は不明であるが、江戸時代末ごろ、仙台堤人形窯元の若い嫁が、舅の嫁 いびりに堪えがね、同情する若いが腕ききの工人と共に江戸を指して出奔したが、途中清水町 宿で女が急病となり、旅籠屋仙台屋に援われて助かった。逗留中人形師は、堤人形を造り店に 並べた。それが評判となり、仙台屋の主人は二人のために屋敷内に工房を作り製作にのり出し、 主人もその技を伝授されて自から窯元となって製作したのにはじまるという。」

(「根っ子町土人形」梅津善雄フォトグラフシリーズⅠ (解説)梅宮茂 信楽社(1983)より抜粋)

 

こちらは昭和12年、宮下棋一氏が根子町人形窯元の一つである仙台屋から聞いた話で、とても興味深いですよね。当時の仙台屋の主人は工人として絵馬や彫刻を製作しており、こうした基本的な技術があったのも、根子町人形が始まる一つの理由でもあったのでしょう。

 

 

(「根子町人形とは」2)に続く。

 

 

【参考】

・『福島市史』別巻Ⅲ「福島の民俗Ⅰ」(1981)福島市教育委員会

・『福島市史資料叢書第36輯(信達二郡村誌Ⅰ)

(1982)福島市教育委員会

・『福島市史』別巻Ⅴ「福島市の町と村Ⅰ」(1982)福島市教育委員会

・「根っ子町土人形」梅津善雄フォトグラフシリーズⅠ (解説)梅宮茂 信楽社(1983)

・福島市文化財調査報告書第32集(1990)福島市教育委員会

・『諸国道中金の草鞋.6』嵩山堂 十返舎一九著ほか (国立国会図書館デジタルコレクション)

 

      

 

それと、、、

根っ子町人形

根っ子町土人形

根子町人形

根子町土人形………

表記が色々あるので楓工房では、

『根子町人形』で統一させていただきます。